「それは何の苗ですか」
広大な敷地内にある畑にやってきた私はそこの主人が小脇に抱えている苗床を見て聞いた。
「ああ、これ」
「これは電信柱の苗だよ」
畑の主ははひょうひょうとしている。
今、植えて置けば、春には収穫できるらしい。
それにしても電信柱の苗とはどういうことだ。
まさか本当に電信柱が生えてくるわけではあるまい。
なにかそれに近い野菜のことをそう呼んでいるのだろう。
私はそう思った。
私は普段、都会でサラリーマンをしている。
ここの景色とは正反対のコンクリートジャングルの中で、ひたすらパソコンと向き合っている。
私はそんな生活に飽き飽きしていたのだ。
大自然に囲まれて体を動かしたい。
そこで私はインターネットで調べたところ、この農業体験にたどり着いたのだ。
田植えをしたり、畑を耕したり、収穫したり、とにかく普段は体験できないようなことができて、とても満足している。
人にはコンクリートから離れる時間も必要だと言うことを身をもって知ったのだ。
しかし、私は今、コンクリートの塊を育てようとしているのか。
主人に言われるがまま、植えてはいるがこれが成長したらばどうなるのか。
全く見当がつかないのである。
農業体験はこれらを植え付けたら、終わりだが私はどうしてもこれらの行く末を知りたくて、主人にもう一度、来させてほしいと嘆願した。
主人いわく、2,3か月したら収穫時だからその時また来ればいいと言ってもらえた。
私は、他の野菜には目もくれず。コンクリートの塊が成長するのをコンクリートジャングルで楽しみにしていたのだ。
そして、3か月が経った。
私は、この日を待ちわびていて、仕事を全て終わらせていた。
そしてあの畑へ真っすぐ向かったのである。
久しぶりに、畑のご主人に会って軽く挨拶をすると、例の畑へ案内された。
すると、そこには。
見紛うことなき電信柱が均一にたっているではないか。
木製ではなくコンクリートで出来た街中に立っているあの電信柱だ。
その異様な光景に私は息を飲んだ。
「見事なもんだろ」
ご主人は胸を張って言った。
「この国の電信柱はここから出荷されたものがほとんどなのさ」
ご主人の胸は張り裂けそうだ。
私は唖然としていた。
しかし、よく考えたら電信柱の作り方なんて知らなかったし、そういうものなのかもしれないと思いだしてきた。
私は感動しました。
私もここで電信柱の栽培をしたい。
私は仕事をやめる覚悟をしました。
すると、その気持ちを察したご主人は目の玉をまあるくして言った。
「畑から電信柱がとれるわけないだろ」
私はそれ以降、コンクリートジャングルから抜け出すことはなくなりました。
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